2009年 03月 30日
『活字狂想曲』を読む |
倉阪鬼一郎さんの名は季刊「幻想文学」などでお見かけしていたが、なんだか禍々しいペンネームだし、言葉遣いなどからかなり年輩の人だと思い込み、なんとなく近付かずにいた。最近ようやく倉阪訳のT.S.ストリブリング『ポジオリ教授の事件簿』(翔泳社 1999年)を読み、なかなか軽妙かつ深淵で面白かったので、ストリブリングの名とともに倉阪さんの名もインプットされた(そんなにお年寄りではありませんでした。私よりちょっとお兄さんくらい)。
そんな折に図書館でたまたま目に触れたのがこの本。サブタイトル「怪奇作家の長すぎた会社の日々」に、えっ? 倉阪さんて会社員やってたの?! と思わず手に取りページを繰ると、のっけから「これは、まったく向いていない会社勤めを十一年間続けた、ある現実不適応者の記録である。」ときた。暴飲殺害者(by ATOK)、もとい某印刷会社で校正をしていたという。これは面白くないはずがない。すこぶる私向けの本に違いないと確信する。
予想通り、というか、予想以上に面白い本だった。私にしてはめずらしく、読みながらしばしば声を上げて笑った。こんなに笑い、かつ、しきりに共感したのは、岸本佐知子さんの『気になる部分』以来かもしれない。間抜けな営業の話、まぬけなオペレーターの話、まぬけな製版屋の話、オー、ミステイク! など、どうしてこう、他人の失敗は可笑しいのだろう。嫌いな写植屋ワースト3、好きな写植屋ベスト3、変人校正者列伝、など、どうしてこう、人のありようを描写するだけでこんなに笑えるのだろう。
そして、あくまで校正者という職人たらんとする倉阪さんと、QC活動だのラジオ体操だの就労儀式だの数多の儀式を押しつけながら、彼を一社員として飼い慣らそうとする会社組織との数々の軋轢が、これでもかこれでもかと綴られる。倉阪さんにとっては悲劇だが、会社の儀式って傍から見るとやっぱり変で笑える。私だったらこんな大組織内で十一年間も働くなんて絶対に無理だな(私がいたところはもっと自由度が高い小さな会社だったが、それでも三年しかもたなかった)。
最終的に、課長と大ゲンカをした倉阪さんは啖呵を切って唐突に会社を辞めてしまう。のちに彼は文筆専業となり、続々と妖かしの物語を生みだすのだが、本当に不気味で悲惨なのは印刷業界の下請け、いや日本型会社組織かもしれないなあと思わされた。
『活字狂想曲』倉阪鬼一郎(時事通信社 1999年)装訂:菊地信義 (2002年に幻冬舎文庫版が出ています)
そんな折に図書館でたまたま目に触れたのがこの本。サブタイトル「怪奇作家の長すぎた会社の日々」に、えっ? 倉阪さんて会社員やってたの?! と思わず手に取りページを繰ると、のっけから「これは、まったく向いていない会社勤めを十一年間続けた、ある現実不適応者の記録である。」ときた。予想通り、というか、予想以上に面白い本だった。私にしてはめずらしく、読みながらしばしば声を上げて笑った。こんなに笑い、かつ、しきりに共感したのは、岸本佐知子さんの『気になる部分』以来かもしれない。間抜けな営業の話、まぬけなオペレーターの話、まぬけな製版屋の話、オー、ミステイク! など、どうしてこう、他人の失敗は可笑しいのだろう。嫌いな写植屋ワースト3、好きな写植屋ベスト3、変人校正者列伝、など、どうしてこう、人のありようを描写するだけでこんなに笑えるのだろう。
そして、あくまで校正者という職人たらんとする倉阪さんと、QC活動だのラジオ体操だの就労儀式だの数多の儀式を押しつけながら、彼を一社員として飼い慣らそうとする会社組織との数々の軋轢が、これでもかこれでもかと綴られる。倉阪さんにとっては悲劇だが、会社の儀式って傍から見るとやっぱり変で笑える。私だったらこんな大組織内で十一年間も働くなんて絶対に無理だな(私がいたところはもっと自由度が高い小さな会社だったが、それでも三年しかもたなかった)。
最終的に、課長と大ゲンカをした倉阪さんは啖呵を切って唐突に会社を辞めてしまう。のちに彼は文筆専業となり、続々と妖かしの物語を生みだすのだが、本当に不気味で悲惨なのは印刷業界の下請け、いや日本型会社組織かもしれないなあと思わされた。
『活字狂想曲』倉阪鬼一郎(時事通信社 1999年)装訂:菊地信義 (2002年に幻冬舎文庫版が出ています)
by come-and-go
| 2009-03-30 23:59
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