春日通りの看板建築。
2階の窓ガラスが
型板ガラスだった。旭硝子株式会社の「鳴戸(なると)」(1965-1966年製造)。
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せっかくここまで来たので、「こんにゃくえんま」で知られる源覚寺さんに寄る。現在の本堂は1979年に再建されたもの。
汎太平洋の鐘 The Pan Pacific Temple Bell。
1690(元禄3)年、粉河丹後守の鋳造により当山に奉納された。
1937(昭和12)年、サイパン島南洋寺に転出、南太平洋にひびきわたる。
1944(昭和19)年、サイパン島軍民玉砕して、以後消息不明となる。
1965(昭和40)年、米国テキサス州オデッサ市において発見される。発見者 ミツエ・ヘスター
1974(昭和49)年、カリフォルニア州オークランド市居住、D.V.クレヤー氏によって、サンフランシスコさくら祭りに展示され、その後当山に寄贈される。塩地蔵尊。当山開創寛永元年(1624年)以前よりこの地にあって人々の信仰を集めたと伝えられる。鈴と鈴緒。
黒い賽銭箱。「め」の字はここの閻魔像が眼病治癒にご利益があるということから。
用意された桶からはみ出ているお供えのこんにゃく。ウィキペディアによると
「宝暦年間(1751年-1764年)に一人の老婆が眼病を患いこの閻魔大王像に日々祈願していたところ、老婆の夢の中に閻魔大王が現れ、「満願成就の暁には私の片方の眼をあなたにあげて、治してあげよう」と告げたという。その後、老婆の眼はたちまちに治り、以来この老婆は感謝のしるしとして自身の好物である「こんにゃく」を断って、ずっと閻魔大王に供え続けた」のだそうです。こんにゃくは閻魔様の好物ではなく、たまたまこのばあちゃんの好物だっただけなのか。
鎌倉時代の作といわれる閻魔王坐像。
文京区指定有形文化財なのね。